「お餅を食べたウサギ」

      いまのまさし(JUNK-O)

 昔のことじゃったと。

 山に、いたずら者の若いウサギが、一匹住んでおった。
 このウサギ、村の百姓がせっかく作った畑は荒らす、仕掛けてあった梁(やな)は壊すと、手が着けられん。しかも、人が困るのを見るのがおもしろくてするのだから、なおさら始末が悪い。
 そういうわけで、村里の者達からは、すっかり嫌われ、今では、山の一軒家に住む、じい様とばあ様の他は、誰も相手をせんようになってしもうたんだと。


 そんな秋の、ある夕暮れ時のこと。
 山の峠の道ばたの小岩の上で、ウサギは寝ころがりながら、サラサラ鳴るススキの音を、退屈しながら聞いていた。
 すると、里から帰って来る途中らしい一軒家のじい様が、峠の道をやってきた。
 じい様は腰に小さな包みをぶら下げ、杖を突き突き、よっこ、よっこと登ってきた。
 ウサギは、鼻をククンと一つ鳴らすと、ぴょおんと、じい様の目の前に飛び出した。
 「じい様、じい様。その腰に吊してあるのは、そりゃ、なんだ?」
 「何じゃ。ウサギか。」
 じい様は、ちらりとウサギを見ると、いったん足を止めて、うーんと、背伸びを一つしたけれど、ウサギの質問には答えずに、黙って、脇をすり抜けた。
 「これは、じい様、いよいよ耳が遠くなったわい。それとも、ぼけてしまったか。棺桶片足つっこんでるか。」
 かまってもらえないとなると、ウサギは、今度は腹立ち紛れ、しつこく、はやし立てながら、うるさくじい様の周りを駆け回る。
 「まったく、しようのない悪ガキじゃ。」
 じい様は、あきれて、ついつい立ち止まった。
 「よう、じい様。その腰の包みは何なんだ。いいものならば、俺にもおくれ。」
 「ウサギにゃ、用のないものじゃ。お帰り、お帰り。」
 「そんなこと言わず、教えておくれ。」
 しょうことなしに、じい様は、ウサギの相手になってしまった。
 「これか。これは、餅じゃ。」
 これを聞いたウサギののどが、ゴクリと鳴った。どういうわけだかこのウサギ、餅が好物。こうなると、こいつを食いたくて食いたくて、たまらなくなった。
 どうしたものか。と、すぐ胸の中で、ポンと手をひとつ打った。
 「ほほお、餅とな。して、餅とはどんな物だ。」
 「餅を知らんか。餅と言えば、白くて丸い食い物んじゃ。」
 「なんと、それなら、お地蔵さんにおそなえしている饅頭だ。」
 「何々、そうではねぇ。餅は米で出来てるで。」
 「それなら、お月見のお団子だ。」
 「そうではねぇて。餅はもっと粘るんじゃ。」
 「そんな食い物、聞いたことが無ぇ。悪いがちょっくら、その中身、見せてくれ。」
 「ならん、ならん。これは、大切な餅じゃでな。」
 「あはは。解った。どうりで爺さん、見せられんはず。さだめし、俺をたぶらかそうとしているんだろ。いやいや、そうではないか。これは、爺さん、もうろくしてるに違いない。」
 「なんと、何も知らん子ウサギが!」
 じい様の怒るまいことか。
 「よおし、そんなら、これでどうじゃ。」
と、おもわず、じい様、腰の包みを広げてしまった。
 ウサギはぴょんと近づいた。
 竹皮の中に、ついたばかりの真っ白いうまそうな餅がのっている。キビだのアワだのではない、本物の餅米で作った餅だ。
 「どうじゃ、これが餅と言うんじゃ。」
 「そうか、これが餅というのか。そういえば、少うし思い出してきたような……。」
 ウサギは、も一度ぴょんと近づいた。じい様が持つ餅に、鼻を近づけてはクンクン動かす。
 じい様が思わずその手を引っ込めようとした、その時。ウサギはふいに餅をパクッとくわえ、すばやくぴょぴょん逃げ出した。
「あー、こら、ウサギ。それはおまえにゃやれねぇぞ。返してくれろ。返してくれろ。」
 じい様はあわてて、大声をあげる。
「ふふんだ。じい様、やっと思い出したぞぉ。餅は俺の大好物の食い物じゃった。」
 ウサギは捨てぜりふを投げつけると、草むら深く逃げ込んだ。
 そこでむしゃむしゃ、じい様の餅を食らってしまったんだと。


 その晩のこと。
 ウサギは、よっぽどじい様が悔やしがっておろう、その姿を一目見てやろうと、夜道をぴょんぴょん、じい様の一軒家へと出かけていった。空には、まん丸のお月様が出てござった。
 じい様の家は、山の中のあばらやで、明かりもつけずに、ひっそりしていた。虫の音だけが、響いていた。
 ウサギは、板壁の隙間から、そうっと中を覗いてみた。
 窓から差し込む月の明かりで、じい様がばあ様の枕元に座り込んで、なにやら、もぐもぐ言っておるのが見えた。
 「ばあ様や、すまんのお。今日も餅を買ってこられんかった。明日まで、待っておれよ。里の茶店で売っとる餅は、ほれあのお月さんみたいに丸くて白くてうまいぞ。これを食えば、おまえもうんと精が付いて、すぐに元気になるじゃろうて。」
 見れば、ばあ様はやせ細って、息もぜいぜいと苦しそうだった。
 じい様は、ふらふら立ち上がると、土間の隅の瓶(かめ)の中をのぞき込んだ。
 「来年の種籾(もみ)にと思って取っておいた米じゃが、これを売ったら餅の一つも買えるであろうて。」
 じい様は、一度、籾(もみ)を両手ですくい、それをまたサラサラと、瓶(かめ)の中に戻した。手元が心許なく、ふるえていた。
 ウサギは、その時、ふと見渡して、家の中から、いつも見慣れた、釜だの蓑(みの)だのツヅラだのという、道具のたぐいがずいぶん無くなっているのに気がついた。
 さては、あの餅は病気のばあ様に食わせるために、じい様がやっとの事で買ってきた餅だったのか。ウサギは腹の奥の方が、急に重く冷たくなった気がした。長い耳から血の気が失せて、しおしおと倒れてくるようじゃった。
 ウサギは、ばあ様がいろいろ優しくしてくれたことを、いっぺんに思い出した。もちろん、じい様だって嫌いな訳ではない。今日のことだって、ちょっとからかうだけのつもりだったのに。
 「これはえらい事をした。」
 ウサギは、さっきまでの元気はどこへやら、すごすご自分の巣穴へと戻っていった。
 けれども、一晩中、ばあ様の看病をするじい様の姿が浮かんできて、眠ることは出来なかった。


 さて、翌朝ウサギは、ぴょんぴょんと、たいそう跳んで里へ出た。里に来るのは、久しぶりだ。
 いつもなら、そこら辺の畑にもぐり込み、ほじくり返して、水気の多い甘い人参なんかをかじって回るのだが、今日は、どんどん人の家のある方へ近づいた。
 村の衆に見つからんように、あちらこちらの茂みの陰や、木立の陰やらを、ごそごそ走り回っているうちに、たまたま大きな屋敷の裏庭に出た。
 なにやら、表の方がやけに騒がしい。なんだか、祝い事でもあるようだ。
 しめた、と、ウサギは喜んだ。
 開けっ放しの縁側に、弾みをつけて跳び上がってみると、仏間のようだ。思った通りに、仏壇の線香の前に、うまそうなつきたての真っ白い大きな餅が、供えられておった。
 「なんの祝い餅かは知らないが、どうせ位牌が食うものでなし、ここは俺にひとつくれろ。」
 と、ウサギは座敷に上がり込み、一つ大きく息をして、供えた餅に飛びついた。
 と、ちょうどその時、ふすまがばあっと開かれた。紋付きを着た男たちが、赤い顔をさせながら、がやがや言って、入ってきたのだ。
 先頭にやってきた髭の男が、
 「それじゃあ、みなさん、先代に報告を……」
 と、仏壇の方を見やると、折しも餅をくわえたウサギと目が合った。
 男とウサギは、お互い思わずパチクリまばたきしあう。ウサギは、挨拶がわりに、小首をちょこっと曲げてみた。
 「こらっ、ドラ猫だ! いや、ありゃ野兎じゃ!」
 我に返った髭男が怒鳴るのと同時に、ウサギは餅くわえたまま、ポオンと仏壇から飛び降りた。拍子に、灯明だの線香だのがバラバラ倒れた。
 「こらぁ!」
 追い込もうとする男達を、巧みにかいくぐって、ウサギはぴょんと庭へ出た。男らもそれを追っかけて、飛び出して来る。
 ウサギに向かって石やら、棒やら飛んできた。がつんがつんとウサギの背中に固いものがぶつかった。
 けれども、ウサギはくわえた餅を落とさぬように、叫び声が出そうになるのを何度もこらえて走って逃げた。


 ウサギが、やっとの思いでじい様の家にたどり着いた頃には、日はもう山の端にかかっていた。
 夕焼けが、遠くの山を染めていた。
 「じい様、じい様、開けてくれ。」
 ウサギが、戸口で声をかけると、しばらくたって、板戸がギシギシはずれるように開いた。
 「なんじゃ。ウサギか。すまぬが今は、おまえにくれるものは何にもないんじゃ。悪いが、今日は帰っておくれ。」
 「そうではねぇ。今日はおまえのばあ様にこれ食わそうと持ってきた。」
 ウサギは庄屋の家からくすねてきた餅を差し出した。
 じい様は、それを見ると、目を細くして、なんとも優しい声で言った。
 「そうか。そうか。それは本当にありがたい。いたずら者とばかり思っておったが、どうして優しいところがあった。
 「じゃけれど、どうか、それはおまえが食ってくれ。うちのばあ様には食えぬでの。」
 そのとき、ウサギはじい様の後ろに寝ているばあ様の顔に、白い布がかかっているのに気がついた。
 ウサギは、餅をその場に取り落とすと、わんわん泣きながら、山の中へと駆け込んでいった。


 それから、ウサギは草もくらわず、根もかじらず、巣穴でじいっとしていたと。夜になったらぼんやりと月を見上げておったのだと。
 ススキの原が広がり、やがて木の葉も皆落ちた。その目は赤く腫れ上がり、だんだんやせていったのだと。
 いつの間にやら、ウサギの姿が消えたことに、誰も気づくものはおらんかった。


 けれども、満月になったら、月を覗いてみるといい。
 ウサギは今では、ばあ様のために、そこで餅をついている。

(了)

(Creative Synapse 1996.9.23版)


 お読みいただき、ありがとうございます。 実をいうと、この話は僕の完全なオリジナルではありません。ずうっと昔、父が寝る前によく話してくれた「お話」があって、それがヒントになっています。
 ウサギや、死にかけた病人が、餅を食うか?とか、ちょっと不自然だけどね。

JUNK-O