「花 火」

いまのまさし(JUNK-O)



 暗黒。

 父と子は、息を詰めたまま、寄り添って、虚無の暗闇を見つめる。
 「その時」が、近づく。

 突然、その瞬間、なんの前触れもなく、全てのエネルギーが解放された。
 数万分の一秒の間に、宇宙の核は一兆度の熱を暗黒の中に放出し、光と時間が音も無く誕生した。
 煮えたぎるプラズマの固まりは、爆発、膨張し、その始原の熱球の中で、激しく反応しながら、物質が創造される。

 赤や金の光で照らし出される父と子の表。
 子供が、息を飲む。

 あちこちで、できはじめたガスの固まりは、凝縮し、発光し始めた。……星。
 星々の集合はまるで液体のように流れ、渦を巻き、銀河を形成していった。
 銀河集団は、時として、集まって壁を作り、泡構造を構築し、衝突し、ねじれ、離散した。
 あらゆる波長の、「ひかり」が飛び交い、また、吸収されていった。
 その間にも、なお、巨大に膨れ上がった宇宙のボールは、ギラギラと輝きながら、勢いを落とすことなく、ぐんぐん膨張し続けた。

「きれい……。」
 思わず子供は、乾いた声をもらす。
「……静かに、しているんだよ。」
 父の、ささやく声。
その父に、黙ってしがみつく子供。

 星々は、生まれる毎に、次々と青白く光り始め、やがて黄色く輝きを増し、次第に赤く膨れ上がって、破裂した。いくつも、いくつも、星は、消滅し生成した。光のあぶく。
 そして、銀河もまた。

 その星々の周囲には、目には見えないほどの、微細な粒子が回転する事もあった。
 その粒子の上に、水が生まれ、植物が生まれ、動物が、人類が生まれていく。人類は、文明を生み、そして破壊する。
 しかし、そうした全ても、やがて、いつか、星の破裂とともに、その終局の炎の中に飲み込まれていくのだ。

「父さん……」
 父の顔をうかがう子供。
「あれがきれいなのはね、」
 父の、かすかな声が応える。
「そこで燃えているものが、美しいからなんだよ。」
 静かで、確信に満ちた声。

 キラキラと輝いては燃えつきる星々。
 いつの間にか、宇宙はその拡大のスピードを落とし、収縮へ向かっていこうとしている。

 黙りこくったまま、夜空一面に広がった花火を見つめ続ける父子。
 その背後には、なお、花火を包み込もうとするかのように、ただ無限の暗黒。


(了)


(Creative Synapse 1996.8.23版)