アルバニア層発掘(仮) いまのまさし 天壌 彼の少女我が入れ替わり立ち出でぬ小部屋に冬の風吹きこみぬ (我が心知らず少女の立ち去りて小部屋に冬の風吹き込みぬ) ノートより頭を上げて息をつくまだ遅れたる試験監督 夜具しきてまず気がつけり一か所の昨夜の鼻血のあとにごりけり こぼれ落つ君の涙の浸みこみし白きハンカチに甘き香残る (心揺れ落とせし君の涙浸む白きハンカチに甘き香あはれ) うつむきてことばをさがすくちびるも煙草持つ指も君は美し 君は君我は我なりそのことを忘れてはならじと息を吸い込む 我が恋は破るるためにありたるや残るはノートの君の字のみなり 照り光る窓の緑も熱苦し睡魔は去らず教室の午後 (照り返る窓の緑も暑苦し睡魔は去らず教室の午後) 陽に照りて見る時君のその笑顔生きてありけり輝きてあり ひそやかに恋うる少女の笑い合う姿を見ればひとりのさびしき 恋などと思ふまじとはしけれども憂いし瞳の君ぞ美し 職場、三里塚、韓国、そしてその先 朝餉(あさげ)とて君の薦めしコーヒーに甘き香移りしひとり頬染む 企業家の横暴及びぬ同僚に真昼の公園で我が爪咬み居る 同僚に上司の横暴極まれり真昼の公園ひとり爪かむ 日曜の公園へひとり行ってみるソースの焼ける香りなつかし 汗ばめる陽気になりぬ善福寺にて冬の背広で啄木を読む 陽風のぬるさ冷たさ思い出す入学式の講堂のいす 闘士とて聞きしとその朝はげまされひとり笑み笑み一日始む いつもより楽にしゃべりぬと思いしも寝覚めば心にかすり傷見ゆ 鼻毛抜く習いも闘う成果かな職奪われて四月(よつき)になりぬ 花の色くもりに融けし朝桜ひと冬明けぬ春日来たりぬ かぎりなきつかれの時ははじまりぬ、おまえだってなにもわかっちゃいない 雨ありて、出ざらぬ街の日明けて、全てはみどり、みどりなりけり 革命の起こりし時にこの社長いかにやせんと想う昼過ぎ さいふからギュッと両手でしぼり出すポマードなりぬ面接のため コーヒーに金属の味残りたる退職する日雨降り止まず コーヒーの金属の味気にかかり雨降り止まず退職する日 我れ知らずゴトゴト震う心臓を静ませんとて息を止めてみる 権力に皆人知らずあやつらるこれも政治の季節なりけり 一二七日/∞ 差し入れのセーター初に届く日は同房の声かなたに聞こゆ やはらかく柵をくぐりて窓に立つ鳩の丸き目我を映しや 独房の灯(あかり)に向けて金文字を光らせてみるレーニン選集 レーニンの金字を照らす独房の灯放屁の音も静かなるかな ひげをそり髪でもすけばこの我も男前なり鏡の無くに 差し入れの薔薇一輪にあわてつつバケツにさして口元ゆるむ 差し入れの薔薇一輪にあわてつつバケツにさして思わず笑みぬ 責めたてに負けはせねども場違いの花など見るとなにやらさびし 鉛空微動だにせで立つ鳩よ汝も獄の色に染まるや 差し入れは墓前の花に似たれどもやさしくいだけ乙女のごとく 寒気など何するものぞ獄外は全国集会盛り上がるらん 集会に合わせ独居でインターを細き声にて歌うてみたり 父も聞くラジオ今夜は流れ来て囚われし身を気づかされたり 冬山に同志は挑む世界でも人なお起ちぬ我も遅れじ 今頃は酒飲むころや無口にて父離れ居て年の瀬の夕 ある事や無き事思いめぐらして我が生くる道この他にあらず この日までいかほど人の血は流る我が血も時代の糧となりたし 新年を告げる時報を獄に聞き口元しまり身粟だつ 語らうも文も許さぬ弾圧は厳しきものと知り年を越す なにもなきつまらぬ町と思いしが獄にて見るは鳩ケ谷の夢 せちを食い日にもあたれば監獄も悪くはないと鼻水をかむ 耳元が優しき人の面影にくすぐったくてひとりの夜 耳元が優しき人の面影にくすぐったくて冬夜にひとり 耳元が優しき人の面影にくすぐったくて夜寒はふけぬ 耳元が優しき人の面影にくすぐったくて独房の宵 格子よりのばした指に綿雪の寄りて溶けゆく可憐なるかな 終わりなく降り次ぐ雪に我が心揺れるを檄文打ちて留めよ 限り無く降り積む雪に我が心揺れるを檄文打ちて留めよ 「涙を越えていこう」 なつかしき力の強き歌声に息止まるほど胸は鳴りたつ 生まれしをよかれと思うさればなおより高き道歩まんとす もの思う三羽の鳩のあきらめて飛んで去にけり他外(よそ)の窓へと もの思う三羽の鳩のあきらめて飛んで去にけり灰色の空 もの思う三羽の鳩のあきらめて飛んで去にけりみぞれ打つ空 蟷螂の斧と笑いし者どもを思いし獄も休日静か なつかしき同志ら馳せ来て目礼と笑顔飛び交う白き法廷に 文の禁解かれてみれば言葉なくペンを握りて獄窓ながむ 正しとも誤てりとも言わぬ空雪水溶けて流れ落ち行く 正しとも誤てりとも言わぬ空屋根雪溶けて流れ落ち行く 重き空人みなせきて見も上げずアジテイションは巷間をさく 弱き身をなげきかばいて目をふさぎ歌をうたえば悲哀去れるや 形なき恐怖にねむりつけぬ夜己(おの)が独言の大きに驚く チューリップ赤き花びら裂け切れて問うべからざる事を問うてん チューリップ紅き花びら裂け切れて問うべからざる事を問うたり ただふいに泣きたし世界の我が手には触れられぬほど美しければ わかきへいしぷろれたりあの 人気なき部屋夕四時に止め忘る時計鳴りゆく闘いはあわれ 夕四時に止め忘れたる時計鳴り闘う人はあわれなるかな 裏切りを胸奥に秘め我が語る若き同志はあまりに清し 若き同志(ひと)のあまりに清し裏切りを胸奥深くに秘む我なれば 雨の夜は重き頭で人技(ひとわざ)の全て空しき事や語りて ひとわざは必滅すべしされど我生き生きてみんとあがきもだえん ひとわざは必滅すべしされど人生き生きてみんとあがきもだえん 帰省 黙々とアイロンかける父の手に我がコートは古びて哀し 荒々し若き時代と生きようとす我が前にては父眠りおり 変色の写真に忘れし女(ひと)の顔にわかに甘き日に戻れるや 両親(ふたおや)の言い争うは我がために寒きふとんにもぐりても聞こゆ 知らぬ間の死臭気づきぬ我が家に永く家去ぬ若き身なればこそ 知らぬ間の死臭気づきぬ我が家に永く家去ぬ若き身我は 我が父よ怒りたまうなうらぎりの言葉次ぎ得ぬ我もさみしき 三月の陽光を身にまとう君あまりにあどけなくて触れられず 三月の陽光を身にまとうからおまえあどけなくて言葉さえかけず 夢に見る君顔も定かならねど虹色のヴェールひるがえして笑み なんとなくきょうはあなたのやさしさに豊かに抱かれねむりついていく なんとなくあなたの豊かなやさしさにきょうは抱かれてねむりついていく やさし友汝れ女なりひとときを我が幻にさそうべからず 国電の戸にもたれれば人の名がやさしく口に出るを驚く 幾度も伝説の少女よみがえりて人生きていくことを正しとぞ云う 一日の雨となりしも我が友は生きておりしと思うており 熱きままに生きられよかし我が道と異なれどなお道あるらむ 歴史また人またもどる道無きやもの言わず我ははい進むのみ 成田用水決戦 眼下には弾圧者一万黒雲のわきたつごとく赤旗呑みて 「違法な非協力闘争」なるはり紙 いっそ言え違法「順法」当局の無法告知は寒風の中 列車は来ぬ人よ待つな木枯らしに千葉動労は決起したんだ この冬も任務地移行我が親が与えし食器を置いて荷作りぬ この冬も任務地移行我が親が与えし食器を残し荷作りぬ 立ち喰いのばばあギロリと顔を上ぐホームの夜闇は永劫の口 駅そば屋どんぶり洗うばあさんのギロリ顔上ぐ夜闇底なく 人生を説きし同僚我が身をば左翼と知りてなを酒くむや 皆いつか死ぬと知(わか)りて酒を飲むふと父母の在るをおもいぬ 呑み歌う人皆いつかは死ぬ身とぞふと父母の在るをおもいぬ やがて春が来るであろうと癖のごとくまた今日も我は口にしており 真新し敷石の路良かれいざとなれば投石にても使えるなどと 若き人は力にまかせて思いをはけり我が身体が疲れて寝入りぬ 燐国の学生自決を語る人声くぐもれり常にはあらで 燐国の自決決起にさしくれば声くぐもれる基調報告 酒だけがやさしと思う。この道に退路絶ちつつにじり行く我 酒だけが優しと思う退路絶ち這い進むがごとこの道を行く我 豊かなり闘争今日は弛緩せる職場で昨日のデモ懐かしむ 反侵略叫びて帰る夜の街にアジアの女(ひと)の声かけくる 夜の街に尾行切るべくくねり行けばアジアの女(ひと)の声かけきたる いらだちて「派兵は義務!」という少年の心のありかを手探りぬ我は 我あえて天下国家をのべんとす北風ふけり凍てし口元 語れるは生きる資格のなきクズ我の階級闘争にすがる姿よ 日々こころあてど求めてさすらいぬカラとて残れる身の何故苦しき ありがたきことよこの世に心さくべき人ふたり親のみなれば 闘いの日々よ鼓動を押し隠しひとり職場の机に向かえる きょうも身を生きんがために眠らせん思いもなき程つかれはてさせ 暗々と降りこめられし朝を開く己が声の耳ざわりたる 会議にて君発言す今にては我をへだてて高くに行きたり 昨晩の胸の痛みよ一瞬のきらめきに似て恋にやあらむ 恋などをすべき我にはあらねどもひとなみ胸の痛む日もあり 何事も恋をせりとも語らざるなお我が心の闇も語らじ 恋もなく親の死目も合えずともよし革命を業(わざ)とすべきは 恋歌を一日耳に注ぎ込み君への痛みをうつろにさせぬ ものを問う我の瞳に無言なる君は任務を果たせと諭しか 春の日に君をさそいて楽しませる男に代わりたしと思えど おさなごの泣き疲るごともの思いに倦みて四月の朝の雪見つ 今永き白日夢よりさめぬ我軽ろくなりし身いざ始動せん むつまじき人等はよけれ幸せな人等をせめて守りてやりたし 気がつけばかばかりのことよ諸々が子泣きつかれて眠るがごとく かくなればせめて清々(すがすが)し男とありたし君の前にては やはりまだ愛しているか心刺すふたりの仲の睦まじきを見れば 何人(なにびと)も関係無なけれ彼(か)の恋は壊れし我の心を除きて 人間は滑稽なものよ失恋をせりといえども便所にはしゃがむ 今しばし許されよかし我が心治むるまでは。邪険にはあらじ よそよそしき態度をやめんとすればまた馬鹿なりすぐに君ばかりを想う あくまでも無邪気なる君それでよし幸せなれば幸せのごと 「結婚」というを聞きてもなをさらに我れが心は今さらにはと けなげなり我れが心は恐れほどみだれは無しに事実を聞けり 永遠なる少女へ 君日々を生まれ返れよ深山の湖(うみ)の色たる瞳のままに 人がふと宙をながむることあるに気づけり波のひきかかるころ 面見るを恐れてそれる目をあえて止めれば君はまぶしく美し 電車 少女らの皆美しく見える日よ電車小春日を射して走れる 誰にでもにじみ流れる血の見えるごとき歌こそ詠みたけれども 黙々と車流れぬ朝の霧信号機ひとつ新鮮に赫し 詩の言葉もちてはしゃげる童女(わらべめ)らバスは冬枯れの街を行くなり 四月の電車 まだまだ珍しきにやあらん満員電車手足の位置を告げ合う若声 通勤の電車に淀む空中にいつしか吐けり中年の息 人の圧かばいて立てり少年と少女車隅に胸を合わせて 満員の波に流され来し少女の白きスウェーターより夢の香を嗅ぐ 新緑の玉川上水朝の陽(ひ)にはじけぬバッハのコンチェルトに似て 新緑の玉川上水朝の陽(ひ)に弾けぬバッハのチェンバロに似て 鼻かぜが悪化のきざしの朝なれどももろはだ脱ぎて春を浴び行く 機械(キイ)を打つ窓辺の風の尊さよなけなしなれどTシャツを買う 六月の雨降り落ちんとす工場のガラスは海の記憶に見えて ヴィバルディも心に憂いて灰色の午後人の顔見たし見たくなし 満月は南に照りて我が命青く輝く孤高に輝く 胸奥に息止めたれば心臓の悲しトコトコトコトコと打つ 梅雨明けの夜風ネクタイ舞い上げぬ行きあう女皆が美し ここまでと思えど足の止まらずさけべば重き胃痛は去れるや 滝沢宮本両君の祝事聞きて 我がことのごとくにうれし同じ日を生きたるふたりついに結ばれぬと 結婚の便り一日笑みているなに我が照れるべくにはあらねど 朝げ食む頬愛おしく見とれれば君の肩辺に射せる冬の陽 足を引きまろびつ我に付き従う若き同志に下山道くれぬ 常緑の目にやさしくて一月の南アの山は白しあおし 新春の常緑やさしアルプスはただ清々と白し蒼し 我が背より射し来る初日にばら色に染めてアルプス背骨のごとし 山を行く人よ汝と積雪と陽光とのみの対話こそせよ 滑落事故 人は空飛ばれぬものぞ落ちし人病床にては歯の無く笑う 職業革命家   1990/年頭 十年を馳せ来ていかに生きるべし嵐に生まれし新十年を 荒波をこぎゆけ旗々小さくも巨艦を撃てる「反戦」の旗 歌詠みし我は彼辺(かなへ)に。闘いの日々を生き継ぐ物理的にて ヒロヒトの死にし日死者は黙しおり身構う我に感慨もなく 激冬に飛躍せざれば敗北す「平成」を書かず三十路に入りぬ 泰樹を読む 洗濯機回すアジトに三十年を隔てば吾より十わかき泰樹 革命を生けりと叫ぶそのセンチ心ささくれぬ冬の曇天 美しき敗北などはあり得ざる倦むこととこそ闘う吾は 読むあてのなき本漁る満たされぬ渇きのごときを抱きて我は 書くときは大層な気分しておれど読み返してみれば悲しき直情 電子音街にあふれし音聞けばポケットベルと誤(まご)う緊張 吉祥寺、三鷹、荻窪、国分寺あれども我はさまよいしのみ 逃亡は安し逃亡安ければそれ故我は逃亡はせず 黙(もだ)せりていざ去り行かん裏切りを秘めつつ敵にも味方にも 十年を過ぎ越し地区党歳末の街我が「青春」などな思いそ 二日前に組織問題もひとつあり重たき胃の腑で地区党を去る 離れ居て顔を合わせる夕べには黙してビールあけゆく父子   佐渡 潮を飲みもがきてしがみつく岩に小さな蟹のまなこにらみぬ 島人は彼の灯をいかにか思いやる遊人(あそびと)なれば感慨も無く 世の中に神々しきというはある海照らす月猛れる凍山(いてやま) 金山の紅き岩壁指先にふれれば固し夏日過ぎ行く さきみだるビーチパラソルまぶしきに常ニ表ワシエナイヲ抱キテ 他人(ひと)我を理解し得ざり否我も己解せずはたと気づく夜 透明な寒、我が護る望楼にたたけば割れるがごとき空気 透明な寒、我が護る望楼にたたけば割れん鋭き空気 昇陽を乱れ舞い落つ黄金葉に一羽の黒翼強くてありぬ 人間を恋愛を恐るその深き孤独の由えに37度Cの暗室 製版機闘病同志の顔をもっと写せよ露光時間のばしぬ この夜は街静まりて歩哨たる他みな全てこおりつけるや 版を貼る小学テストの子規、芭蕉虫くい穴の”A”・”b”無惨 飛鳥山スカイラウンジ灰色の窓水滴が電車を歪めぬ 王子飛鳥山スカイラウンジにて 紙コップ二つでデートする若者好まし母親達とボランティア達の間に やさしげな服まといつもその心ささくれているやいかに抱きとめ得ん 合わぬ日のみぞおち重きさみしさよ恋の入口さまよえる代価 君の心代弁するか曲毎を読むように聞く岡村孝子 心中にひとつ固めし決意あれど「なぜにあなたはロメオなの」 カギを持て解き明かす人をあてどなく待っているのか僕という謎 目を見ずに否定の語使う永遠の謎なり汝もその名は女 地より天へ続く同志の影のみが確かなものなり白濁す吹雪 元旦をホワイトアウトに怖(おのの)きて二日は我が家に寝続けており あとがき  向こうがどう思っていたかは知らないが、ぼくの人生最大の師は荒岱介である。もっともこっちは不肖中の不肖の弟子だが。ぼくが戦旗・共産同傘下の地区活動家であった1980年代前半(ということは、ぼくも二十代前半だったわけだが)、荒さんはぼくを「アルバニアの羊飼い」と評した。当時のアルバニアは「社会主義」国家であり、また特異な鎖国政策を実施して、ヨーロッパ随一の田舎の貧乏国というイメージがあった。  だからようするに貧乏くさいスターリニストという意味だったのだろうが、ぼくは別に貧乏主義者だった訳ではない。ただファッションに興味もスキルも無かっただけのことだ。スタの件に関しては彼の「スタ克」理論からの指摘だったかもしれないが、現在のぼくからは理論的にもいろいろ反論させてもらいたいところがある。まあここで書く話でも無いが。  ただ一言言わせてもらえば、荒氏の最晩年の世間の評価の最悪さを思うと「好きに言ってろよ」という気になる。  レーガン来日阻止闘争でパクられ、一冬を獄中で過ごすこととなって活動家生活の中で唯一のんびり、ゆっくりできる生活を得た。ヤクザは臭い飯などと言うが、当時のぼくの食生活からしたらとんでもなく上質で量も豊富な食事を日に三度も、しかも上げ膳据え膳で食わせてもらい、同志が差し入れてくれた新聞を隅から隅まで読み、なかなか出来ない経済学の勉強もたっぷり出来た。  これはぼくに限ったことではないが、どういうわけか人は獄中に入ると短詩型文学に目覚めるらしい。ぼくも俳句と短歌を毎日のように「自由筆記ノート」に書き連ねた。実を言うとこれが本格的に短歌を始めたきっかけだった。  とは言え、なぜ短詩型だったのか。ひとつは父の影響である。父は俳句をやっていて挫折した人だった。息子にも俳句をやらせたかったようだが、子どものぼくは面白くなくて全く続けることが出来なかった。  そして最も大きかったのは、もう一人、すでに鬼籍に入った男との出会いだ。大正大学文芸部で同期だった半谷篤俊君。当時は短詩型をオワコン(そんな言葉はまだ無かったけど)、お爺さんの趣味としか思っていなかったぼくにとって、同い年で短詩型をやっている人間の存在は驚きだった。彼によって現代短歌を知ることになる。これが獄中での詠歌に繋がった。  保釈で東拘を出て活動に復帰したあともこの習慣は続き、それ以降ぼくの文芸活動の中心となる。それにも理由があって、その頃、ガサ入れをくらって押収される危険性から全党的に日記を書いたり保管することが禁止されていた。公安はそういう資料から活動実態を知り、組織の解明と切り崩しに利用するのである。ただ抽象化された短歌ならそういう危険は低く、また小説などより時間をかける必要が無かったから一番良かったのだ。  荒さんは全党に夏と冬、年に二回の論文執筆を指示した。ぼくも悪戦苦闘して経済学とかアフリカ情勢などを書いたが、これはしんどい。優秀な人材が多く、難しい哲学や経済学の論文が大量に提出される中、哲学書がイコール睡眠薬であるぼくには苦痛でしかない。いきおいジャーナリステッィクな文章で逃げるしか無かった。  荒さんは「何でも良い」と言う。だったらと思ってある時、「短歌でも良いか」と聞いてみた。面白いというので提出してみたらこれが機関紙「戦旗」に掲載された。こうして党内での作歌は公認となった。以後、折りに付け短歌を公開していくことになる。実はぼくにはもうひとつ「マンガ」というのもあったのだけれど、これはまた別の話としよう。  この「歌集」には、そういう大学から活動家時代の歌を網羅的に載せた。とは言え、まだ推敲途中でもありむしろメモ書きと言った方が適切かもしれない。それでタイトルには(仮)が付いている。  ちゃんとした歌集にすることが出来た暁には、この後書きで触れた三人の故人に献辞を捧げたいところだが、果たしてそんな時が来るのか、ぼくにもわからない。   二〇二一年四月